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顕微授精(ICSI)
はじめに
体外受精において、受精は自然に任せて行う一般的な方法と卵子細胞内に人工的に精子を注入する方法があります。後者は顕微授精といい比較的新しい技術ですが、急速に普及し今では新鮮胚を使用した一般的なIVF-ETと顕微授精がほぼ同じ数もしくはそれ以上行われています。
顕微授精には歴史的な変遷の中でいくつか方法がありましたが、現在顕微授精の99.9%はICSI(intracytoplasmic sperm injection)「細胞質内精子注入法」という技術が使われいます。
厳密には違いますが、解説に当たって、顕微授精=ICSIと表現します。
※顕微授精の「じゅせい」は体外受精の「じゅせい」と漢字がちがうのでご注意を!
歴史的なこと
IVF-ETは1970年代に卵管性不妊症の治療法としてスタートしました。
だんだんといろいろな原因の不妊症の治療として発展、普及してきました。1980年代にはいると男性因子不妊に対する効果もあるということから精子が少ない方への治療もIVF-ETで行われるようになってきました。
しかし、それでも受精が成立しない男性因子が結構多いことがわかってきました。
極端に運動精子数が少ない場合や奇形精子が多い場合は一般的なIVF-ETではなかなか妊娠が成立しないという報告が多くなってきて、媒精する精子の濃度を濃くしたりするなどの方法がとられましたがうまくいきませんでした。
最初のころの顕微授精は卵子に影響の少ない方法から始められました。
透明帯といって卵子の周囲にある膜状の部分を切開し(穴をあけ)、そこへ媒精されました。しかしながら沢山の精子が受精し(多精子受精)妊娠には至りませんでした。そのほかいろいろな方法が試され、もっとも成功率の高かった現在の技術であるICSIの方法に至ったというわけです。
1988年にヒトで最初のICSIによる受精が確認されました。
1992年には初めての妊娠例が報告されはじめぞくぞくと報告例が増えてゆきました。その後は精子の通り道が完全に閉塞してしまっている閉塞性無精子症の患者さんの精巣上体を使用したICSIや精巣の精子を小手術で採取して行うICSIなども増えてきて適応の幅が広がってきています。
日本では1994年に最初の分娩が報告されて1995年から実施される数が急速に増え、現在に至るという訳です。日本で最初の分娩からまだ10年ちょっとくらいしか経っていないんですね。
ICSIの適応
最近は、一般的なIVF-ETを上回る勢いでICSIが行われるようになってきました。
今後、ICSIが行われる数は増加していくものと予想されますが、すべての患者さんのIVF-ETをICSIで行うべきかどうかに関しては現在もいろいろな議論がなされています。非男性因子不妊あるいは原因不明不妊に対してICSIを行うことで受精率がものすごく上昇するという結論には至っていませんので。
ICSIでは精子を人工的に選択し、卵細胞質内に人工的に注入するため肉眼的には判別ができない不良な精子が選択される可能性もあります。自然な受精では受精できる能力をもった精子が選択されて、受精しているということですね。
日本産科婦人科学会も「体外受精は難治性の受精障害で、これ以上の治療によっては妊娠の見込みがないか、極めて少ないと判断される場合」に行われるべきであるとしています。
ICSIが行われるべき医学的適応をあげてみます。
1.男性因子側
重症の乏精子症、精子無力症、精子奇形症など。
精液検査の項目の濃度、運動率、奇形率それぞれが重要になります。これらが高度異常値を示す場合、また軽度以上でもすべての項目について異常が見られる場合などはICSIの早期適応となります。
例として総運動精子数が100万個以下なら最初からICSIの適応となります。
また閉塞性無精子症の場合や脊髄損傷による射精障害などの精子採取が困難な場合は精巣上体精子や精巣精子の採取でIVFを行いますが必要な運動精子が採取できない場合はICSIの適応となります。
2.IVF-ETでの受精障害例
IVF-ETで卵子や精子に一見正常であっても受精が成立しないこともあります。
原因としては精子が卵子の周囲ある透明帯という膜や卵細胞膜をうまく通過できないことが考えられます。この場合はICSIの適応となります。
また女性の抗精子抗体が陽性の場合や男性がパイプカットを受けた後に精管再疎通術を受けた後に自己の精子に対して抗精子抗体ができてしまった場合なども通常のIVF-ETでは受精率が下がることがあり、ICSIの適応となります。
受精のながれ
ICSIは自然な受精の過程をスキップさせることで受精を完成させる行為です。
自然な受精がどのようになっているのかを知ることも大切なので、解説いたします。
(簡単にしているためやや説明が不正確ですが、ご勘弁を。)
膣内に射精された精子は早いもので15分くらいで卵管までたどり着くといわれています。
精液中の精子はそのままでは受精する能力はありませんが、子宮や卵管の中で精子の中で変化が起こり卵子と受精する能力(受精能力獲得)を獲得します。
受精能力を獲得した精子は卵子の透明帯(卵子を取り囲んで保護している球状の構造物)と結合し精子先体反応が誘発されます。先体反応により精子は透明帯に穴を開け、ついには透明帯を貫通してしまいます。
その後、精子は卵細胞膜を通過し、それぞれを包んでいる膜が溶けて卵細胞の中身と精子の中身が融合して受精となります。
精子と卵の融合が起こると卵細胞質内から命令が出されて、卵細胞周囲を保護して他の精子が受精できないようにバリアーが張られます。このとても良くできた仕組みで多精子受精が抑制されています。
また、細胞質からの命令で卵子の減数分裂再開による第二極体の放出と雌性前核と呼ばれるものが作られるようになります。一方、細胞質内に取り込まれた精子はその周囲の膜が溶けて雄性前核が作られます。
雄、雌の前核は大きくなりながら接近してくっつき、それぞれの膜を消失させて融合し、その中にあった染色体がしかるべき場所に移動して細胞質にくびれが生じ始めて、胚としての最初の細胞分裂が行われます。その後は細胞分裂の繰り返しで倍々と細胞が増えて行きます。
(1個→2個→4個→8個→・・・・)
ICSIは上記の卵細胞質内への精子の進入を人工的に行っているんですね。その後が自然任せとなりますので、ICSIでも受精しない場合は細胞質内での仕組みがうまくいかないということが想像されます。
ICSIの具体的な方法
卵細胞内に精子を人工的に注入するといっても簡単なことではありません。
細胞はとても小さいものなんです。
ネット上でICSIを検索すると沢山の画像付きで解説がありますが、写真は卵子が切手くらいの大きさに拡大されたものが多いですね。
でも、実際の卵子は0.1mmしかなく精子はさらにとても小さな細胞なんです。
卵子の大きさをイメージできる表現をネット上で見つけました。
10円玉を用意してください。表に京都の平等院鳳凰堂という建物がデザインされていますね。
その中央に扉がありますが、その扉に鋲がいくつか打ってあります。
この小さな小さな鋲が卵子と同じくらいの大きさだそうです。
この小さな細胞を専用のピペットで固定し精子を一個だけ注入するんです。
もちろん肉眼ではできることではありません。ICSIを行うには専用の機材が沢山必要になってきます。
採卵までと胚移植からは通常のIVF-ETと同じになります。
採卵後卵子はICSIまで数時間の前培養が行われます。採卵した卵子は多数の小さな卵丘細胞に取り囲まれて存在していますのでこれを顕微鏡で見ながら卵子を傷つけないように除去します。
精子は運動良好な精子を回収し顕微鏡下で運動精子の一個を選び、インジェクション用のピペットの先端で精子の尾を押しつぶし不動化処理を行います。この不動化処理により精子内にある卵子を活性化させる物質が放出され受精がすすむことになると考えられています。とても重要な処理です。
尾を処理した精子を吸引して注入の準備をします。
これらで使用されるピペット(先端を非常に細くしたガラスの管)は肉眼的には動いているのがわからないくらい微量しか移動しない固定装置に固定され操作されます。ピペットを手で操作して卵子に突き刺すことなどできませんからね。
卵丘細胞を除去された卵子は第一極体が時計の12時もしくは6時方向に位置するようにホールディングピペットに固定しておきます。精子を吸引したインジェクションピペットを3時方向から進め細胞質内に先端が確実にあることを確認して精子を注入します。
その後は一般的なIVF-ETと同様に培養を行い胚移植へと移行します。
ICSIにおいて精子を不動化させることと確実に細胞質内に注入することが重要になります。


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